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歴史上のすごい人物!この人が居なかったら今の日本はなかった!?【昔々編】

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今は空前の「日本歴史ブーム」です。
コンビニの雑誌コーナーにはいつもの雑誌に紛れて「日本の歴史がよくわかる本」など、歴史や日本の文化がわかる本がたくさん並んでいます。
出版社に問い合わせると、その本がかなり売れているらしい。

そこで、Wakuiroでは、そもそも「日本がすごかった」ということで、ちょっと日本に関して考えてみたいと思います……と思ったのですが、そもそも、日本がすごかったって、あんまり感じたことがないのかもしれません。
そこで、「そもそもこんな日本に誰がした」ということで「日本の偉い人」を考えてみましょう。

ちなみに、日本というのは、今の「大和朝廷」から始まる天皇家がギネスブックにも載っているほど、「もっとも古い王朝」でして、それだけ、日本の国内がほかの国に占領されたりほかの国の文化や習慣に「強制」されたことがない国なのです。
実は、「中国4000年」とか言っていますが、途中で王朝は何回も変わっていますし、そもそも現在の中華人民共和国は60年しか建国してから立っていない「若い」国なんですね。そのように考えると「民族」ではなく「国家」として、存在する中では、実は世界でも最も古い、伝統のある国なのです。

そこでその「日本」を「国家として維持した人」を少しご紹介。


偉い人その1「神武天皇」(じんむてんのう)


八咫烏に導かれる神武天皇(安達吟光画)

八咫烏に導かれる神武天皇(安達吟光画)



これは、実在したかどうかは議論が残るところですが、今から2680年くらい前に、現在の「大和朝廷」を作った人です。
もともとは天上界から「国を作るように」といわれたイザナギノミコトとイザナミノミコトがいたのですが、イザナミノミコトが死んでしまい、その後生まれた「天照大御神」「月読命」「須佐之男命」の「三貴神」という神様を中心に日本は作られてゆきます。

その天照大御神の孫が、「瓊瓊杵尊」(ニニギノミコト)といい、その子孫が神武天皇、神様の世界の名前では「カムヤマトイワレヒコノミコト」といいます。この人が、もともと天孫降臨の地「高天原」に住んでいたのですが、日本国民のために、東の方に進出し、そして橿原神宮(かしはらじんぐう)で即位して初代の天皇になったのが、日本の始まりといわれています。
要するにこの「神武天皇」がなければ「日本」はなかったのです。


偉い人その2「聖徳太子」(しょうとくたいし)


「唐本御影」聖徳太子が描かれた肖像画。

「唐本御影」聖徳太子が描かれた肖像画。



これは、少し古い人ならば一万円札の肖像画になっていた人でおなじみ、そして日本で初めて憲法を作った人です。この人が隣の大国「隋」というところに手紙を出して「日出国の天子」という手紙を書きます。

この手紙の文面を元に、こののちの「天武天皇」という人が「日本」という国号を使う始めるのです。その「名付け親」とも言えますが、それだけではなく、現在の中国のような大国「隋」に対して一歩も引くことなく、「対等な手紙の文面で対等に貿易を始める」ということが、現在の日本の「外交姿勢のはじめ」ということになります。
奴隷とか属国になるのではなく、「日本は独立した国家だ」ということを世界に示した偉い人、この「聖徳太子」がいなければ「世界の中の日本」は無かったのです。


偉い人その3「藤原不比等」(ふじわらのふひと)


藤原不比等(菊池容斎・画、明治時代)

藤原不比等(菊池容斎・画、明治時代)



そして、一人くらいマイナーなところをご紹介すると「藤原不比等」という人がいます。
藤原不比等は、あの大化の改新の時に中大兄皇子と一緒に蘇我氏を斃(たお)した「中臣鎌足」の子供です。

蘇我氏がだんだんと力をつけてきて、その蘇我氏の力が頂点に達した時に「天皇家を悪い扱いするな」として蘇我蝦夷と、蘇我入鹿を誅殺します。その時に一緒にやったのが中臣鎌足で、その功績によって彼は「藤原」という「姓」をもらうんです。
その子供は、中大兄皇子が即位して天智天皇になってから、「朝廷の権威と権力がほかの豪族にやられないように」ということを目指して、「官僚制」と「ルール」を作ります。その基本ルール、居間で言えば「憲法」のようなものが「大宝律令」というものです。

この「大宝」とは、大宝という年号の時にできたということで「律」つまり「法律」と「令」つまり「命令」を合わせて基本的なことを作ったのですね。実は、この「大宝律令」が、明治時代まで生きていて、大日本国憲法ができるまで、日本のすべての官職やすべてのルールがこの大宝律令に従ってできていたのです。

例えば、今大河ドラマの「真田丸」で出てきている豊臣秀吉が就任した「太政大臣」という官職も大宝律令の中にありますし、真田幸村の官職「左衛門佐」(さえもんのすけ)もこの大宝律令の官職です。また、徳川家康が就任する「征夷大将軍」いわゆる「将軍」は、「令外官」といって、臨時に作ることのできる官職として、大宝律令にかかれているんですね。もちろん、現在の日本国憲法もこの「大宝律令」の精神を受け継いで作っているのです。

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この藤原不比等、あまり有名ではないけれども、今の日本の法律の基本を作った本当にすごい人なんですね。


さて、今回は「古代編」として、昔々の「偉い人」を書きました。
古代の考え方が今に生きていて、今の日本があるんですね。なかなか面白いと思いませんか。
このほかにもすごい人はたくさんいますので、ぜひ皆さんも調べてみてください。

ライタープロフィール

宇田川敬介Twitter:@udaxyz
ジャーナリスト・作家
日本ペンクラブ会員。
近著に「習近平の肖像」(飛鳥新社)「日本文化の歳時記」「小説 庄内藩幕末秘話」(振学出版)「本当は共産党が嫌いな中国人」(PHP新書)など
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